2011年02月18日

プラトニックラブ

「プラトニックラブ」という恋愛があります。プラトニックラブとは、肉体関係のない精神的な愛のことをいいます。


プラトニックラブは「プラトン的な愛」ということですが、哲学者プラトン自身が「プラトニックラブ」を実践していたということではありません。プラトンが「肉体(外見)に惹かれる愛よりも、精神に惹かれる愛の方が優れている」と書いたことからきているものです。


プラトニックラブと似た言葉で「純潔」というのがあり、「結婚までは純潔を保つ」という使われ方をします。「結婚後も純潔で」という使われ方は見かけることはないので、これには「婚姻前の男女は性的関係になってはならない」というモラル的要素があるように思われます。


プラトニックラブの「肉体関係より精神的愛の方が優れている」という意味合いを考えると、結婚前後にかかわらず精神的関係を貫くというのが正解のように思います。


しかしそれ以前に、現在では、男女が、下手すると、好きでなくても肉体関係を持ってしまうことも多く見られます。まして「お互い好きなら肉体関係を持つのは当然」というのが一般的です。プラトニックラブは死語ともいえるでしょう。





めるとも
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2011年02月15日

片思い

片思いから脱して、恋愛成就したい。どうやって恋愛を実らせるか――これが多くの人にとっての悩みといえますね。


片思いから脱するオーソドックスな方法は、片思いの相手との接点を増やすことです。人は何度も顔をあわせているうちに、その人に親近感をもつという習性があります。片思いの相手の至近距離に常に自分を配置するように心がけましょう。


たとえば片思いの相手の飲み仲間の一人になる。そこではただの友達関係。でも、このスタートでも、十分勝算はあるのです。


片思いをしていると、相手の異性関係が気になります。しかしたとえ恋人関係になっても、相手の周りから異性を全部排除することは不可能です。片思いの相手の至近距離にいつつ、相手をよく観察し、相手にとって心地良い存在になる努力がポイントです。


「片思いを楽しむ」という考え方もあります。片思い真っ只中の時に楽しむ余裕はないかも知れませんが、意外と恋愛成就してマンネリ化してしまうと、片思いの時のときめき・切なさが懐かしく感じられたりします。人の気持ちは、なんとも気紛れなところがありますね。




恋人
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2011年02月12日

片思い

片思いとは、片方が恋愛感情を抱いているものの、相手がその人に恋愛感情がない、あるいは関心すらない状態のことをいいます。相手も自分に恋愛感情を抱いてくれることは両思いといい、片思いから脱して両思いになることで恋愛成就と言えます。


片思いをしている場合、好きな相手にどのような行動をとるのかで大きく3つのパターンに分けられます。


1つめは、素直に片思いの相手に積極的に関わろうとし、かつ相手に親切に好意的に振舞うパターン。

2つめは、片思いの相手と関わりをもつにはもつのだけど「あなたなんか好きでもなんでもない」とそっけなく振舞うパターン。

3つめは、片思いの相手に積極的に関わることができず、遠くから見つめるパターン。


片思いの特殊なパターンとしては、ストーカー的に相手につきまとってしまうパターンもあります。


片思いをしている人は、「なぜわたしの思いをわかってくれないの?」と思ってしまいがちですが、片思いでもこれだけの行動パターンがあるわけです。特に2と3は、相手からしてみればわからなくて当然では?――このへんを押さえて、そんなことで悩まず、現実に相手に「思いをちゃんと伝える」ことを目指したいものですね。





恋人募集
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2011年02月09日

恋愛映画

恋愛映画とは、ラブロマンスとも呼ばれる、恋愛を主題として描いた映画のことをいいます。


恋愛映画の古典的な洋画の作品としては、「風と共に去りぬ」「ローマの休日」「ある愛の詩」「追憶」などが有名です。


恋愛映画で1980年以降の全米興行成績を見てみると、1位「タイタニック」、2位「ゴースト/ニューヨークの幻」、3位「パールハーバー」となっています。興行成績がどうであっても、自分の好きな一押しの恋愛映画がきっとあることでしょう。


邦画で恋愛映画といえば、「恋空」「世界の中心で、愛をさけぶ」「黄泉がえり」「恋愛写真」「今、会いに行きます」等々があげられます。


恋愛映画といっても、ラブコメと呼ばれる「楽しく展開してラストも笑ってハッピーエンド」というものから、悲恋の映画、泣いて泣いて涙と感動の嵐というものまで、様々あります。


恋愛は現実では、あまり泣きたいことは起きてほしくないもの。悲恋や不遇、そして奇跡など盛りだくさんの「泣ける」展開が人気があるのも、映画だからこそと言えるでしょう。





恋人
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2011年02月06日

恋愛映画

恋愛映画とは、恋愛をメインテーマとして描いている映画のことをいいます。


恋愛映画といわれる映画でなくても、恋愛のシーンは、ほとんどの映画には含まれているといっていいでしょう。まさに、恋愛抜きに映画が作れない?と思えるほどですね。


恋愛映画は、恋愛そのものがメインテーマの映画ですから、主人公の男性ないし女性と、その恋愛相手役はそう簡単にハッピーエンドにはなりません。最初はとうてい結びつかない、敵同士なくらいの設定で始まり、反発しあいながらもお互いに惹かれて合っていく、観る側もドキドキしながら進んでいくといったストーリーが多いでしょう。


恋愛映画に対する評価は様々です。恋愛映画といわれるものにもピンからキリまであり、映画によっては「単なる恋愛映画では終わらない映画」といった評価をされるものもあります。この表現があるということは、「単なる恋愛映画」は評価が低いのかもしれませんね。


しかし恋愛というのは大多数の人にとっては共通の関心事。誰にとっても身近な存在であるがゆえに、恋愛映画も興味がもたれるものといえるでしょう。





出会い
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2011年02月03日

復縁

復縁とは、縁が切れた相手との縁を復活させること、すなわち壊れた恋愛関係を再び良好なものに戻すことをいいます。


復縁は形の問題ではなく、お互いの心の問題、すなわち「恋愛感情を再び互いにもてるか」ということですから、並大抵のことではありません。


復縁は、「復縁したい!」という熱意だけでは決して実現できるものではありません。恋愛関係が破綻に至るということは、たいした理由もなく起きることではなく、必ず原因があるものです。


復縁を望むならば、まずこの破綻の理由、別れの原因、これを分析する必要があります。それは自分の非かもしれないし、相手の誤解かもしれません。あるいはお互いには問題なく、家族や周りの問題かもしれません。


人は、自分の非はなかなか認めることができないものです。しかし復縁のためなら、そういった認めがたいことも認めていかなくてはならないといえます。


復縁を望むならば、まず冷静になることです。別れの原因が何であれ、それを分析する冷静さが必要ですし、次にその原因・障害をクリアしていく方法の検討及び実践においても冷静さが必要となるからです。





恋人募集
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2011年01月24日

復縁

復縁に関しては、「覆水盆に返らず」ということわざがあります。一度こぼれた水は二度と盆の上に戻ることがないという意味で、復縁の難しさを表しています。


復縁のポイントは、まず別れの原因を把握すること。相手が自分との交際で、何を不満に思い、どういう相手となら交際したいと思っているのか。これが復縁の重要な鍵となります。


復縁の次のポイントは、冷却期間を置くこと。冷却期間を置くメリットは、別れの時の双方の感情が時間がたって収まるということです。冷却期間は、相手との復縁に向けての作戦をたてる期間と考えましょう。


復縁のポイントの3つめは、別れに至った原因を解決する、もしくは解決しようとする姿勢を実績として相手に見せること。「わたしの悪いところは直すから」と口にする人はよくいますが、これは説得力がありません。あくまでも、相手からみて「あれ、変わったな」「この人は自分に必要なのかも」と思わせる事実が必要なのです。


復縁は、決して簡単なことではなく、相当の努力を必要とするものです。復縁には、真摯な反省と努力が必要なのです。





恋人募集
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2011年01月21日

運命の赤い糸

運命の赤い糸の伝説は、恋愛において不動の位置を占めるロマン。恋愛は普通の出会いでも、どこか運命的な出会いに感じてしまうケースがあります。


運命の赤い糸の伝説は、日本の古事記からきているという説があります。活玉依毘売(いくたまよりびめ)という美しい娘のところに、見ず知らずのイケメンのある男が夜やってきて、2人は結ばれて妊娠してしまうと。それが娘の両親にばれ、相手の男を捕まえようと、床のまわりにびっしりと赤土を撒き散らし、長い麻糸を巻いた物を針につけ、娘に「男がきたら針を男の着物の裾に刺すように」と指示したと。そしてその赤土にまみれた麻糸(赤い糸)をたどって、相手が三輪山の神=大物主神とわかったというお話です。


運命の赤い糸伝説、この古事記の話からすると、どこの誰と名乗りもせず夜這いして、娘もうかうかとエッチしてしまう、ある意味軽率な話ではありますが。娘にとっては一目ぼれ、相手がどこの誰かを確認する気さえ起きないほどの、まさに「運命の人」だったのでしょうね。


運命の赤い糸、「わたしの小指に見えない赤い糸がつながっている相手がいる」――そう思うだけでも、胸に何かこみあげてくるものがありますね。





恋人募集
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2011年01月18日

運命の赤い糸

運命の赤い糸ときけば、もう恋愛の定番。「愛するあなたはわたしの運命の人!」というロマンは女性のみならず、男性も関心はあることでしょう。


運命の赤い糸とは、「お互いの運命の人(この場合恋愛の対象をさす)は、お互いの小指に赤い糸が結ばれている」という伝説をいいます。


運命の赤い糸の伝説はいったいどこからきているのでしょうか。これはひとつに中国・宋時代の物語からきているという説があります。これは昔、ある青年が「結ばれる運命の男女を赤い縄で結ぶ」という老人に出会い、自分の妻になる女性を尋ねたところ、実にみすぼらしい幼女を示されたため激怒し、その娘を青年は殺そうとしたと。十数年後、結婚した妻の額には刀傷があり、以前自分が殺そうとした娘と知った、という話です。


運命の赤い「縄」が、後に赤い「糸」に変わり、こうして自分が結婚する相手は運命の赤い糸で結ばれているのだという説ができたといわれます。





恋人
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2011年01月15日

年齢差

年齢差が大きいカップルは、周りから関心を持たれることも多く、そのせいで自分たちが何か特別な恋愛をしているような気持ちになってしまいがちです。


年齢差カップルで心がけたいことは、お互いの育った世代が異なることにショックを受けないこと。むしろそれを楽しめる感覚があると、とても明るいお付き合いができるでしょう。


年齢差が10歳以上ともなると、テレビや音楽など、見て聞いて育った情報が違うのは確実です。以前はパソコンを使えないのがおじさん・おばさんだったのが、今や携帯世代となって、パソコンを使えるのがおじさん・おばさんになってしまった時代。それだけ時代の移り変わりが激しく、このあたりで違いが出てくるのは当然と割り切りましょう。


年齢差が大きいことのメリットは、世代が違うからこその新鮮な発想があるということです。自分が悩むようなことで、「自分のまわりの同世代の友人にそれを言えば、きっと同調してくれる」というようなことでも、年齢差のある相手に言ってみると、意外な反応が返ってきたりします。


年齢差のある相手とのお付き合いは、固定観念を打破して、違った人生・違った自分を発見するきっかけになるともいえるのです。





恋人募集
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2011年01月12日

年齢差

年齢差というのは、恋愛においてはよく意識されることです。年齢差といっても年上・年下とありますが、男性が年上・女性が年下、そして年齢差はせいぜい3.4歳というのが、恋愛においては自然だと思われているようです。


しかしこの「自然」と思われているのと異なるカップル――男性が年下とか、年齢差が10歳以上とかのカップルも、結構多いもの。


恋愛は相手を好きになってしまえば成立するものです。年齢差があっても、その相手に魅力を感じれば十分なわけで、「これが普通」「これが一般的」というのは、あまり意識しなくてもいいことといえます。


年齢差も10歳くらいになると、さすがに差が大きく感じるかもしれません。もちろん、これが17歳と7歳では、高校生と小学生で、確かにどうかなという気にもなるでしょう。しかし、57歳と47歳では、それほどのギャップはありません。


年齢差カップルは、年齢によるお互いの考え方のギャップをどう埋めていくかが問題となるだけです。年齢差を意識するより、相手そのものを意識して、理解しようと努力することが大切でしょう。
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2011年01月09日

ひいた瞬間

「ひいた瞬間」というのは、恋愛では誰でも一度くらいは経験したことがあるでしょう。


「ひく」というのは、相手の姿と自分のイメージにずれが生じ、「相手と距離をおこうかな?」という気持ちになることです。


「ひいた瞬間」には様々なケースがありますが、女性においては、男性がアダルト系の雑誌やビデオなどを山積みで持っていたり、いわゆるオタク系なフィギュアなどをたくさん持っていたりすると「ひく」ことが多いといえます。また、だらしなかったり、ケチだったりする場合も「ひかれる」ことが多いでしょう。


「ひいた瞬間」でも、かなりのショックなものは「ドンびきした」といいます。


「ひいた瞬間」で困ることは、その行為をなした当人が、相手に「ひかれた」ことがわからないことです。当人にしてみれば無意識の行動ですし、「ひいた」方も気を遣ってその場では自然を装うからです。


「ひいた瞬間」があったからといって、すぐ別れ話になるわけではないですが、相手の態度がちょっとぎこちなくなったりしたら、我が身をちょっと振り返ってみるといいかもしれません。
posted by meiks at 21:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月06日

ひいた瞬間

「ひいた瞬間」というのは、恋愛においては特に珍しいものではありません。


恋愛は楽しいことばかりとは限りません。特に恋愛当初というのは、相手がとっても素敵に思えているわけですが、これがぶち壊されることだってあります。これがいわゆる「ひいた瞬間」ですね。


「あなたのひいた瞬間は?」と問うと、実に多くの人が、女性も男性も経験を語ってくれることでしょう。


「ひいた瞬間」としてあげられるのは、たとえば、「いい年をした成人男性がぬいぐるみの手を振って甘えたことを言い出した時」「いつもスーツ姿でかっこいい人なのに、デートの時の私服がちょっと…というセンスの悪さを見た時」「たかだか数百円を支払いたくないばかりに真剣に値切る姿を見た時」等々。実にたくさんの「ひいた瞬間」があるようです。


「ひいた瞬間」というのは、「どうやら相手は自分が思っていたような人ではない?」という現実を見た時といえます。さらにその「ひいた」内容が、「傍からみて恥ずかしい」「常識的にいって恥ずかしい」というレベルになると、「ひいた瞬間」から「百年の恋もいっぺんに冷める」ということになりかねません。


恋愛は良きイメージが先行するだけに、「ひいた瞬間」の衝撃は大きいものです。
posted by meiks at 21:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月27日

ひいた瞬間

「ひいた瞬間」というのは、恋愛では誰でも一度くらいは経験したことがあるでしょう。


「ひく」というのは、相手の姿と自分のイメージにずれが生じ、「相手と距離をおこうかな?」という気持ちになることです。


「ひいた瞬間」には様々なケースがありますが、女性においては、男性がアダルト系の雑誌やビデオなどを山積みで持っていたり、いわゆるオタク系なフィギュアなどをたくさん持っていたりすると「ひく」ことが多いといえます。また、だらしなかったり、ケチだったりする場合も「ひかれる」ことが多いでしょう。


「ひいた瞬間」でも、かなりのショックなものは「ドンびきした」といいます。


「ひいた瞬間」で困ることは、その行為をなした当人が、相手に「ひかれた」ことがわからないことです。当人にしてみれば無意識の行動ですし、「ひいた」方も気を遣ってその場では自然を装うからです。


「ひいた瞬間」があったからといって、すぐ別れ話になるわけではないですが、相手の態度がちょっとぎこちなくなったりしたら、我が身をちょっと振り返ってみるといいかもしれません。
posted by meiks at 21:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月24日

ひいた瞬間

「ひいた瞬間」というのは、恋愛においては特に珍しいものではありません。


恋愛は楽しいことばかりとは限りません。特に恋愛当初というのは、相手がとっても素敵に思えているわけですが、これがぶち壊されることだってあります。これがいわゆる「ひいた瞬間」ですね。


「あなたのひいた瞬間は?」と問うと、実に多くの人が、女性も男性も経験を語ってくれることでしょう。


「ひいた瞬間」としてあげられるのは、たとえば、「いい年をした成人男性がぬいぐるみの手を振って甘えたことを言い出した時」「いつもスーツ姿でかっこいい人なのに、デートの時の私服がちょっと…というセンスの悪さを見た時」「たかだか数百円を支払いたくないばかりに真剣に値切る姿を見た時」等々。実にたくさんの「ひいた瞬間」があるようです。


「ひいた瞬間」というのは、「どうやら相手は自分が思っていたような人ではない?」という現実を見た時といえます。さらにその「ひいた」内容が、「傍からみて恥ずかしい」「常識的にいって恥ずかしい」というレベルになると、「ひいた瞬間」から「百年の恋もいっぺんに冷める」ということになりかねません。


恋愛は良きイメージが先行するだけに、「ひいた瞬間」の衝撃は大きいものです。
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2010年12月21日

好きなタイプ

好きなタイプ、恋愛においては「好きなタイプはない」という人もいます。「好きなタイプは好きになった相手」という人もいます。


「好きなタイプはこういう人」といっても、実際にそういう人を好きになっているかといえば、案外全然違ったタイプの人を好きになっていることもあります。


好きなタイプと現実の相手とのズレは、ひとつには「自分のことをよくわかっていない」というのがあげられます。「こういうタイプがいい!」と頭で考えた理想ばかり先走って、本当の自分が好む相手、自分が安らぐ相手を自分が理解していないというケースですね。


好きなタイプどころか、「この人嫌い!」というような人と付き合ってしまうこともあります。この場合は、自分の好きなタイプを理解していないということももちろんありますが、「嫌い」と「好き」は共に相手を強烈に意識している状態であり、かつ表裏の関係にあります。何かの拍子にそれがひっくり返ることがあり、「嫌い」から「好き」に変貌しやすいわけです。


恋愛映画でも、最初敵対していた二人がラストに結ばれていくケースも多いです。
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2010年12月18日

好きなタイプ

好きなタイプについて互いに話すことは、恋愛話の中でも特に盛り上がりますね。好きなタイプといっても、それはもう人それぞれ。ある人の好きなタイプは、別の人にとってはそうでもないこともよくあることです。


女性が好きなタイプの男性は、外見、学歴、年収、性格と実に様々に挙げられます。その中でも多いのは、優しい人、面白い人、価値観が同じ人というあたりでしょうか。


好きなタイプでいくら外見や年収などを挙げていても、やはり「実を取る」のが女性の現実です。「優しい人」といった場合に注意したいのは、「誰にでも優しい人」とNGとする女性もいるということ。多くの女性にとっては、「誰にでも優しい」=「わたしが一番じゃないの?」という不安のネタになるのです。


男性が好きなタイプの女性は、フェミニンな外見、髪は染めていないナチュラル系、みんなの話を聞く癒し系の女性が人気のようです。


好きなタイプはあれこれあるけれども、男女共通しているのは、優しい人。やはり一緒にいて優しい気持ちになれることは、男女共通して相手に求めることなのでしょう。
posted by meiks at 21:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月15日

恋が始まる瞬間

恋が始まる瞬間は、それこそ人の数だけパターンがあるといえるようです。


いつも職場で聞きなれているはずの声を電話を通して聞いた時、雨に濡れてる姿がいつもと違って見えた時、何かの拍子で相手と至近距離になった時、何気なく目があった時に笑顔になってくれたなど、様々あります。


恋が始まる瞬間は、身近な人に関しては、その人のいつもと違う面を垣間見た時が多いようです。この意外性は好ましいものでなければなりません。「意外とかわいい」「意外と素直」「意外と優しい」「意外と逞しい」という類ですね。


意外性も好ましくないものだと「恋が始まる瞬間」どころか「恋が冷めてしまった瞬間」になりかねません。


この意外性のポイントは、見られる当人は気づいてないことが多いということ。つまり、自分の普段の行動は意外と人に見られていて、それをあまり意識してないということですね。


普段の何気ない行動にこそ、その人の本性がでるものです。そこから生まれる「恋が始まる瞬間」、なかなか侮れないものかもしれません。
posted by meiks at 21:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月12日

恋が始まる瞬間

恋が始まる瞬間は、「よく顔を合わせる」といった接点の多さの中で生まれる可能性が高いものです。


たとえば――欲しい本を探しに本屋に行ったら、知っている女性に会った。本がなかったので次の本屋に行ったら、また彼女に会った――というようなことが3度も続くと、偶然とは思えず、運命めいた関係を相手に抱き、まさに「恋が始まる瞬間」となるわけです。


恋が始まる瞬間は、偶然性が必要とも限りません。自分がその人を何気なく見たら、いつも目が合う=自分の方をよく見てるんだと知ると、それで自分も相手を意識しだすケースがあります。これもまた恋が始まる瞬間ですね。


恋が始まる瞬間、それは恋愛が生まれるきっかけ。きっかけ作りは、接点を多くすることで可能となります。しかし、度を越えてしまうとストーカーと間違われてしまうから注意が必要ですね。


あくまでも、さわやかに。目があったら視線をそらすのではなく、積極的に笑顔を見せて、素敵な恋が始まる瞬間を演出してください。
posted by meiks at 21:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月09日

バレンタイン

バレンタインといえば、2月14日に女性がチョコレート男性に贈ること。恋愛に欠かせないイベント・シーンですね。バレンタインに女性がチョコレートを贈るのは、日本の特徴です。


この特徴は、1958年メリーチョコレートが新宿・伊勢丹デパートでバレンタイン・キャンペーンを開催したことに始まります。買い物をするのは女性客であることに着目、またこの時代の「ウーマン・リブ」といわれる女性主導のキーワードにマッチして、この企画がヒットしました。


その後1970年代になると、日本チョコレート・ココア協会が2月14日を「チョコレートの日」として、大々的に「バレンタインにはチョコレート」という戦略を展開し、現在に至っています。


バレンタインのチョコレートも、愛する人にあげる本命チョコ、職場の上司や同僚に贈る義理チョコ、家族にお礼をこめてのファミリーチョコ、自分に贈るマイチョコなどが見られます。


しかし、バレンタインで義理チョコをもらった男性陣は大変。「チョコレートをもらったお返しをしないと、人間関係がうまくいかなくなる」と気を遣うし、出費も多いことから、負担に思っている人も多いようです。
posted by meiks at 21:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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